相続開始後の預金引出しに対応する改正906条の2と「選択問題」

小川法律事務所 改正相続法解説

 家庭裁判所での遺産分割調停手続では,現に存在する遺産を対象とするため,相続開始後に相続人の一部によって預金が引き出された場合には,遺産(預金債権)としては存在しないことから,厳密には遺産分割の対象となりません。ただ,引き出した相続人がそれを確保してよいとするのでは不公平であるため(例えば相続開始時点で1000万円の預金のみが遺産である場合で,相続人の一人がそれを何らかの方法で全額引き出してしまったときに,現行法では,引き出した相続人が遺産分割の対象とすることに同意しない限り遺産分割事件としては開始しません),改正後の906条の2という条項は,預金を引き出した相続人以外の相続人の同意があれば当該預金債権を遺産として扱い,遺産分割の対象とすることができる,という定めを行いました。
 さて,今回取り上げたいのが,この改正906条の2で帰属性同意を行うべきか否かの判断の基準の問題(選択問題)です。
 冒頭で挙げた「1000万円の預金のみが遺産である」&「一人が全額を引き出した」場合で考えると,他の相続人は引き出した相続人に対して不当利得返還請求権などにより自分の相続分に相当する金銭の返還請求ができると考えられています。
 以下では単純化するために相続分の等しい相続人2名がいる前提で考えますが,一人が1000万円を相続開始後に引き出してしまったため,他方の一人は民事訴訟により,不当利得返還請求権等を根拠に500万円の返還を求める訴訟を提起できます。
 以上の条件の場合であれば,改正906条の2の帰属性同意を行った場合も,民事訴訟を提起した場合も,他の一人の相続人は500万円を受けられますので,元本ベースで見れば大きな違いはないように見えます(ただし,帰属性同意を行った場合は家庭裁判所の遺産分割事件として取り扱われ,また遅延利息は生じないのに対し,民事訴訟を提起した場合は地裁簡裁などの通常裁判所が取扱い,遅延利息が発生する,立証責任が基本的に返還を求める側にある,といった違いがあります)。
 では,帰属性同意を行う場合と民事訴訟を提起する場合で,元本ベースでも違いが生じる場合はあるでしょうか。
 この違いが生じる典型的な例が「持ち戻しの対象となる特別受益がある場合」です。
 上記の事例で,1000万円の持ち戻し対象となる生前贈与が,預金を引き出した相続人に対してなされていたケースを想定します。
 帰属性同意を行う場合は,遺産総額が2000万円となり(生前贈与1000万円+帰属性同意により帰属した預金1000万円),相続人それぞれが具体的相続分としては1000万円ずつを得られる地位を有することになります。そして,預金を引き出した相続人は生前贈与も受けているため,遺産分割としては新たに得るものはなく,引き出していない相続人は,預金を引き出した相続人から代償金として1000万円を得ることができます。
 他方,帰属性同意を行わない場合は,生前贈与については解決される機会がありませんので,相続開始後に引き出された1000万円に対して不当利得返還請求等を行うほかなく,結局,請求できる額は500万円に止まります。
 このように,相続開始後の預金引出の問題に対処する際には,元本ベースで考えると,持ち戻し対象となる生前贈与がある場合には改正906条の2の帰属性同意を行った方が良い,と結論づけられるように考えます。

弁護士 小川 中
令和元年5月29日

参考文献:概説改正相続法(堂薗幹一郎,神吉康二編著,きんざい2019年4月)pp73-82




  
 

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