再転相続と相続放棄についての最高裁判決(令和元年8月)のご紹介

裁判例紹介

 相続放棄についての新判例が令和元年8月に出ていますので簡単に紹介します。

 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に、相続について、単純承認・限定承認または相続放棄をしなければならないとされていますが(民法915条第1項)、被相続人Aに対する相続人Bがこの承認も放棄もしないで死亡した場合(再転相続)に、相続人Bに対する相続人Cは、被相続人Aの相続について、いつを起算点として3ヶ月以内に承認・放棄をしないといけないか、という問題です。

 条文としては民法916条が定めており、同条によれば「相続人(B)が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第1項の期間は、その者の相続人(C)が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する」と定められています(前掲の事例の登場人物を挿入しています)。

 争点は、相続人Bが被相続人Aの相続人であった状態で相続人Bについて相続が開始した場合、BからCへの相続開始時点でCは当然に「相続人Bが被相続人Aの相続人であったことを知っているものとして民法916条が適用されるか」、という点です。 

 令和1年8月9日最高裁判所(第二小法廷)判決(事件番号平成30年(受)1626号)はこの点について、相続人Cは、相続人Bが被相続人Aの相続人であったことを具体的に知った時から民法916条が適用される、と判断しました。

 具体的な事案は、銀行借入をしていた会社の連帯保証人であった人物が死亡して、妻子のうち子が相続放棄をしたため第2順位の兄弟姉妹に相続人の地位が移り、さらに兄弟姉妹のうち一人以外が相続放棄をしたものの、放棄も単純承認もしなかった一人が死亡したため、その一人に対する相続が発生し、その相続人に対して、銀行から債権譲渡を受けた保証会社が執行文を受けて強制執行を行ったことについての執行文付与に対する異議の訴えです。
 最高裁判所は、強制執行についての裁判所からの文書が相続人Cに送達された時点を民法916条の起算点であるとしました。結局、その後になされた相続人Cによる相続放棄の申述を有効とした、という結論になります。

 最高裁判決の判決文は、民法915条の「熟慮期間」はまさに熟慮するための期間である、そして、具体的に被相続人Aの相続人であることを知る機会が無ければ熟慮すらできない、したがって具体的に相続の開始を知っている必要がある、という趣旨の判断をしており、 丁寧な判示がされているといえます。専門の方にとっては長い判決文でもありませんので、以下に主要な判示部分を引用しておきます(裁判所ホームページにも掲載されています)。

(1) 相続の承認又は放棄の制度は、相続人に対し、被相続人の権利義務の承継を強制するのではなく、被相続人から相続財産を承継するか否かについて選択する機会を与えるものである。熟慮期間は、相続人が相続について承認又は放棄のいずれかを選択するに当たり、被相続人から相続すべき相続財産につき、積極及び消極の財産の有無、その状況等を調査し、熟慮するための期間である。そして、相続人は、自己が被相続人の相続人となったことを知らなければ、当該被相続人からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできないのであるから、民法915条1項本文が熟慮期間の起算点として定める「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、原則として、相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が相続人となった事実を知った時をいうものと解される(最高裁昭和57年(オ)第82号同59年4月27日第二小法廷判決・民集38巻6号698頁参照)。
  (2) 民法916条の趣旨は、乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには、乙から甲の相続人としての地位を承継した丙において、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することになるという点に鑑みて、丙の認識に基づき、甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点を定めることによって、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障することにあるというべきである。
  再転相続人である丙は、自己のために乙からの相続が開始したことを知ったからといって、当然に乙が甲の相続人であったことを知り得るわけではない。また、丙は、乙からの相続により、甲からの相続について承認又は放棄を選択し得る乙の地位を承継してはいるものの、丙自身において、乙が甲の相続人であったことを知らなければ、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできない。丙が、乙から甲の相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず、丙のために乙からの相続が開始したことを知ったことをもって、甲からの相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法916条の趣旨に反する。
 以上によれば、民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。

 (引用は以上)

 相続放棄の可否についての相談を受けることも多いですが、シビアに現れる場面の一つが①本件のような、金額の多い相続債権者と相続人との間の争いのケースです(このほか②放棄後に積極財産が多いことが判明した場合の争いも裁判例に多く現れます)。

 相続放棄についてはいわゆる孤独死後の後処理の問題も含めて社会的に関心が高まっているように見えます。今後も立法的・行政的な手当が必要になってくることが予想されます。

  弁護士 小 川  中
   令和元年10月1日

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