週刊朝日2019年3月15日号18頁  「公正証書が狂わせた老後の人生 その遺言,本当に必要ですか?」

小川法律事務所 記事批評

私は,この記事にはどうも賛成しかねるところがあります。

この記事では,公正証書遺言は自筆証書遺言に比べて,①書き直される可能性が低いことから信頼性が高いとされること,②公正証書遺言の作成の際には公証人により意思能力についての厳密なテストが行われるわけではないことなどを挙げています。

しかしながら,もし,遺言書により死後の財産の行方についてコントロールを希望されるのであれば,やはり公正証書遺言が最も安全な方法と言わざるを得ません。

①の,書き直される可能性が低いことから自筆証書遺言よりも信頼性が高いとされることは,公正証書遺言の効力を争う側からすれば障害となり得ますが,逆に,公正証書遺言として残しているからこそ,遺言者以外の人物による偽造的な書き直しから守られるうえ,そもそも自筆証書遺言はそれが開封されていてもそれだけでは無効となるわけではないため,誰かが開封した上,内容が自分に不利だと思えば破棄・隠匿の可能性があります。

もちろん,遺言書の破棄・隠匿についてはペナルティが課されますが,実際に破棄・隠匿されてしまえば,本来の遺言書の内容は分からなくなるのが通常ですし,破棄・隠匿された遺言書はそもそも登記手続や銀行の名義変更の手続などの根拠となり得ません。

自筆証書遺言には破棄・隠匿のリスクがある以上,やはり公正証書遺言が最も安全な方法であると言えます。

また,②の,公証人により意思能力についての厳密なテストが行われないという点ですが,制度的には公証人が知能テストを実施する等の仕組みはありません。しかしながら,後日の紛争が予見される場合には,公正証書遺言作成に関与する弁護士は,(1)直近の介護認定の主治医意見書などを確認する,(2)公証人に了解してもらい公正証書遺言作成の実際の様子をビデオ撮影する,と言った方法で遺言者の意思能力についての証拠を保全するのが良質の実務であるとされています。

結局,この記事は,公正証書遺言により不利益を被る側の相続人の言い分に引きずられすぎて,全体(特に真意で遺言を残そうとする通常のケース)が見えていない結果となっているといえます。

では,意に染まない公正証書遺言が仮に残されていた場合,まずはどのように対応すべきでしょうか(なお,以下の説明は公正証書のみならず他の方式の遺言に対しても該当します)。

第一に行うべきは遺留分減殺請求権の行使です。遺留分の詳しい説明は別項目に譲りますが,遺言書により本来の相続分が侵害されていた場合,本来の相続分の2分の1までを相続人に確保させる制度で,行使期間に厳しい制限があります(相続の開始及び減殺すべき遺贈等があったことを知った時から1年で時効消滅する。平成16年法律147号による民法1042条の改正)。

遺言の無効を争う手段も準備されていますが,遺留分減殺請求権の行使は期間制限がありますから,まずもって,時効消滅前に通知を完了させなければなりません。

行使方法は特に定められていませんが,遺留分減殺請求権の行使がなされる事案は訴訟等に移行する可能性が高いことから,通常は内容証明郵便により行使することが一般的な実務です。

なお,紹介した記事は,公正証書遺言が不都合である理由としてこの遺留分制度も挙げていますが,公正証書遺言はまずは遺言をする遺言者の意思を尊重した制度,遺留分制度はその遺言により不利益を被る相続人を保護するための制度ですので,それぞれの制度により利益を受ける人物がいるのも,また対照的な立場に置かれる人物がいるのも当然であるということを忘れてしまっているように見えます。

(専門家が遺言書の作成に関与する場合には,遺留分にも配慮して後日の紛争をなるべく減少させるというアドバイスをすることも検討されるべきです。)

結局,この記事は,法律の規定が誰の利益を保護するために作られたか,という,法制度を理解するための決定的に重要な視点を欠き,それぞれの制度により不利益を被る側からの不満だけを並べ立てている面の強い記事ですので,用心して読まれるべきであると考えます。

作成者 弁護士小川中

2019年3月6日


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